YOSUGA
エネルギーアート
に じ た ま
龍神神獣男神女神天使精霊星神
がんばっているのに、進んでいる気がしない。
そんな時に、いまのあなたへ必要なひと柱が顕れます。
三つの問いに答えるだけ。無料です。
受付期間を数えています
明日また開くと、ちがう光が届きます。
かかるのは1分ほど。お金はかかりません。
いまのあなたに近いものを、直感で選ぶだけ。難しい入力はありません。
あなたひとりの紋を結ぶために使います。生年月日は任意です。
登録は無料。その場でアート・神号・和歌が顕れます。保存できます。
七柱のうちどれが今のあなたに必要か、こちらから告げます。もやもやしていたものが、ひとつの姿になります。
スマホの待受にできます。迷ったとき、決めきれないときに見返す目印として。
トップの「今日の光」は毎日入れ替わります。受け取ったあとも、その日の一句と一枚を見に来られます。
名前と生年月日から結ばれるので、同じ紋は出ません。あなたのための一枚です。
答えると、七柱のうち今のあなたに必要なひと柱が決まります。
一いま、いちばん近いのは
二最近の自分を、ひとことで
三いま、ほしいのは
三つとも選んでください。
お名前と生年月日から、あなたひとりの紋が結ばれます。
公式LINEにご登録いただいた方へ、あなたのエネルギーから結ばれた一枚と、その存在からのことばを無料でお渡しします。
登録は無料です。登録後にボタンを押すと、この場でアートとことばが現れます。
※ 公式LINEのURLは設定待ちです
画像を長押し(PCは右クリック)で保存できます
龍神白漣(ハクレン)
ここに顕れる七柱は、人が昔から「そばにいてくれた」と感じてきたはたらきを、七つに分けたものです。それぞれに、日本神話の神が一柱ずつ当てられています——高龗神、白兔神、建御雷神、天照大御神、少彦名神、大山津見神、天之御中主神。神々の来歴と神話は、次の章にまとめました。
七つとも、すでにあなたの中にあります。欠けている人はいません。ただ、いま必要なものだけが前に出てきます。だから、同じ人でも半年後に受け取り直すと、ちがう柱が顕れることがあります。診断で決まるのは「あなたがどれか」ではなく、「いま、どれが要るか」です。
それぞれの柱には、あなたのもとへ来る専属の存在がいます。姿も、性格も、現れる時もちがいます。下のカードに触れると、その柱で受け取り直せます。
人が「助けてほしい」と思う瞬間は、じつはそんなに種類がありません。進めない。終わってしまった。ひとりで抱えている。責めてしまう。疲れている。散らかっている。道が合っているか分からない。——数えていくと、七つのところで止まりました。そのひとつずつに、日本神話の神を一柱ずつ当てています。
分け方は、姿ではなくはたらきにしています。進む/立ち直る/守る/受け入れる/癒す/整える/導く。動詞で切ったうえで、そのはたらきが記紀神話のなかでいちばんはっきり出ている神を選びました。神話の本文と、その神をお祀りしている神社も、下に載せています。
七という数は、あとから決まりました。虹の色、週の日、音階。人が世界を分けるとき、なぜか繰り返し出てくる数です。多すぎず、取りこぼさない。ちょうどそのあたりに落ちました。
高龗神たかおかみのかみ
水と雨をつかさどる龍の神。「龗」は龍をあらわす古い字で、山の峰に降る雨をあずかるとされる。姿を人に見せず、ただ水として現れる。
『日本書紀』の一書は、伊奘諾尊が火の神・軻遇突智を斬って三段に分けたとき、そのひとつが高龗になったと記す。『古事記』では同じ場面で、剣の柄に集まった血から闇淤加美神が生まれたとある。
いずれも、火を斬ったところから水の神が生まれている。
この神は、物語のなかで一度も話さない。動かない。ただ、山に雨を降らせ、谷に水を通す。人が見るのはいつも、神そのものではなく、流れている水のほうである。
『古事記』『日本書紀』および各社の社伝より
WHY HEREふだんは淵の底に眠っていて、時が来ると天へ昇る。「もう力はある。ただ、まだ動いていない」——この形がそのまま人にも当てはまるので、前へ進む力をここに置きました。
白兔神はくとしん
『古事記』の「因幡の白兎」の兎。皮を剥がれた傷を癒やされ、もとの姿に戻った。傷や皮膚の病を治す神とされ、大国主命と八上比売の縁を結んだことから縁結びの神でもある。
隠岐の島から本土へ渡りたかった兎は、和邇をだました。「どちらの一族が多いか数えよう」と言って海に並ばせ、その背を踏んで渡った。
渡りきる直前、つい「おまえたちをだましたのだ」と口に出した。最後の和邇に、毛皮をすべて剥ぎ取られた。
通りかかった八十神たちは「海の塩を浴びて、風に当たり、高い山の頂で寝ていろ」と嘘を教えた。そのとおりにすると、塩が乾くにつれ体じゅうの皮が裂け、前よりひどく苦しんだ。
最後に来た大穴牟遅神——のちの大国主神は、こう教えた。「水門へ行って真水で体を洗い、そこに生えている蒲の穂を敷き散らして、その上を転がりなさい」。そのとおりにすると、兎の体はもとに戻った。
兎は言った。「八十神は八上比売を得られません。あなたが得るでしょう」。そのとおりになった。
『古事記』『日本書紀』および各社の社伝より
WHY HERE一度ぜんぶ剥がれている。しかも、自分のしたことの結果として。それでも治り、そのうえで人の縁まで結んだ。だから、立ち直る力をここに置きました。
建御雷神たけみかづちのかみ
雷の神であり、剣の神。国譲りの談判をまとめた武の神で、鹿島神宮では武甕槌大神と称される。勝負ごと、決断、そして旅立ちの神。
天照大御神は、葦原中国を治めさせるため、建御雷神を出雲へ遣わした。
建御雷神は伊那佐の小浜に降り立つと、十掬剣を波の上に逆さに突き立て、その切っ先にあぐらをかいて座った。そのうえで大国主神に問うた。「この国を、天つ神の御子に譲るか」。
子の事代主神は承知した。もう一人の子・建御名方神は「力比べをしよう」と挑んだが、建御雷神は手を氷柱に変え、剣に変えて退けた。建御名方神は科野国の州羽の海まで逃げ、そこで降参した。
大国主神は国を譲った。代わりに、大きな宮を建ててほしいと願った。それが出雲大社である。
この神は、斬っていない。剣を突き立てて、その上に座っただけである。
『古事記』『日本書紀』および各社の社伝より
WHY HERE何も言わずに、ただそこにあり続ける。力を見せるが、振るわない。守り、決める力をここに置いたのは、その座り方からです。
天照大御神あまてらすおおみかみ
太陽の女神。高天原を統べる主神で、皇室の祖神とされる。伊勢神宮の内宮に祀られ、日本人の総氏神と呼ばれる。
弟の須佐之男命が高天原へ昇ってきたとき、天照大御神は国を奪いに来たのかと武装して待ち構えた。
だが、須佐之男命が田の畔を壊し、溝を埋め、御殿に糞をまき散らしても、姉は怒らなかった。「糞は酔って吐いたのだろう。溝を埋めたのは、土地が惜しかったからだろう」——弟をかばった。
それでも須佐之男命は止まらなかった。機織屋の屋根を破って、皮を剥いだ馬を投げ入れた。驚いた織女が梭で身を突いて死んだ。
ここで天照大御神は天岩戸に隠れた。世界は闇になった。
八百万の神々は思金神の策で、鏡と勾玉を作り、天宇受賣命が桶を踏み鳴らして舞った。神々がどっと笑った。
不審に思って戸を細く開けた天照大御神は、鏡に映る自分の姿を「尊い神がいる」と思い、身を乗り出した。そこを天手力男神が引き出した。世に光が戻った。
『古事記』『日本書紀』および各社の社伝より
WHY HERE最初は、かばっている。怒るまでに、ずいぶん長く待っている。そして隠れたあと、ちゃんと出てくる。受け入れ、許す力をここに置きました。
少彦名神すくなひこなのかみ
手のひらに乗るほど小さな神。海の彼方の常世から来て、大国主神とともに国を造り、また海の向こうへ去っていった。医薬・温泉・まじないの神。
大国主神が出雲の御大の御前にいたとき、波間から小さな舟が近づいてきた。
ガガイモの実を割った舟に乗り、蛾の皮を丸ごと着物にした、手のひらほどの神が乗っていた。
誰も名を知らなかった。案山子の神・久延毘古だけが答えた。「あれは神産巣日神の御子、少名毘古那神です」。
神産巣日神は認めた。「たしかに我が子だ。指の間からこぼれ落ちた子だ」。そして大国主神に命じた。「兄弟となって、国を造り固めよ」。
二柱は国を造った。やがて少名毘古那神は、海の彼方の常世国へ渡って行った。
『古事記』『日本書紀』および各社の社伝より
WHY HERE大きくない。指の間からこぼれ落ちた、いちばん小さい神。それでも人の傷を治し、隣にいて、去っていく。癒し、休ませる力をここに置きました。
大山津見神おおやまつみのかみ
山の神。木花之佐久夜毘売と石長比売の父。酒の神ともされ、山・海・鉱山と、土地そのものにかかわる。
天孫・邇邇芸命が木花之佐久夜毘売を望んだとき、父の大山津見神は喜んで、姉の石長比売を添えて差し出した。
だが邇邇芸命は、姉の容姿を理由に、石長比売だけを送り返した。
大山津見神は言った。「石長比売を添えたのは、天つ神の御子の命が岩のように永く揺るがぬようにと誓ってのことでした」。
「木花之佐久夜毘売を添えたのは、花のように栄えるようにと誓ってのこと。姉を返したのだから、御子の命は、木の花のように儚くなるでしょう」。
これによって、人の命には限りができたと伝わる。
『古事記』『日本書紀』および各社の社伝より
WHY HERE山も、木も、酒も、この神から来る。派手に動かず、下のほうで土地ぜんぶを支えている。整え、根を張る力をここに置きました。
天之御中主神あめのみなかぬしのかみ
天地が初めて分かれたとき、いちばん最初に現れた神。造化三神の筆頭。姿を見せず、何もせず、ただ天の中央にいる。
「天地初めて発けし時、高天原に成りませる神の名は、天之御中主神」——『古事記』は、この一行から始まる。
続いて高御産巣日神、神産巣日神が現れる。三柱はいずれも独り神で、そのまま姿を隠したという。
以後、天之御中主神は神話に出てこない。何もしない。ただ、天のいちばん真ん中にいる。
のちの世、この「天の中心の神」は、ひとつだけ動かない星——北極星の神である妙見様と重ねられた。千葉神社が祀るのは、この星の神である。
『古事記』『日本書紀』および各社の社伝より
WHY HERE答えを言わない。位置を示すだけ。動かないから、そこから方角が決まる。導き、見通す力をここに置きました。
※ 神話は『古事記』『日本書紀』の記述にもとづいています。神社の由緒・言い伝えは各社が公開しているものです。七つのはたらきへの神々の当てはめは虹霊が独自に行ったもので、各神社・各宗派の公認によるものではありません。どの柱が上ということも、順番もありません。